シャーウッド・アンダスンから始まる20世紀アメリカ文学——ある「ぎこちなさ」の系譜

文学

はじめに——なぜアンダスンから始めるのか

20世紀アメリカ文学の見取り図を描くとき、起点をどこに置くかは案外むずかしい。マーク・トウェインから語り起こす人もいるし、ヘンリー・ジェイムズの心理小説を出発点にする人もいる。けれども、「20世紀的なアメリカ文学」がそれまでの英米文学とはっきり違う質感を獲得した瞬間を一冊で示せと言われたら、私はためらわずシャーウッド・アンダスンの『ワインズバーグ、オハイオ』(1919) を挙げる。

アンダスンは決して器用な作家ではない。文章はときに不格好で、構成はゆるく、登場人物たちは何かを言いかけては言いそびれる。だがその「ぎこちなさ」こそが、20世紀アメリカ文学の本質的な発明だった。彼以降の作家たち——ヘミングウェイ、フォークナー、カーヴァー、そして現代に至るまで——は、それぞれのやり方でこの「言いそびれ」を引き継いでいくことになる。

本記事では、アンダスンを起点に、20世紀アメリカ文学がどのように展開していったのかを、いくつかの作家を辿りながらスケッチしてみたい。

1. シャーウッド・アンダスン『ワインズバーグ、オハイオ』——グロテスクたちの町

オハイオ州の架空の小さな町ワインズバーグを舞台に、町の住人たちの「ある瞬間」を切り取った連作短編集。アンダスン自身が冒頭で語るとおり、登場人物たちはみな「グロテスク」と呼ばれる。彼らはそれぞれにひとつの「真理」を抱え込み、その真理に縛られることで歪んでしまった人々だ。

特筆すべきは、アンダスンが「物語の決着」を執拗に拒むことである。登場人物は何かを伝えようとして、伝えきれない。手は差し伸べられかけ、引っ込められる。読者は彼らの内面を覗き込むが、彼らがその内面を解放することはない。

この「未達のコミュニケーション」というモチーフは、後のアメリカ短編小説の基本文法になっていく。

2. アーネスト・ヘミングウェイ——アンダスンを師として、そして殺して

ヘミングウェイの初期短編集『われらの時代』(1925) や『男だけの世界』(1927) を読むと、アンダスンの影が色濃いことに気づく。実際、若き日のヘミングウェイはアンダスンに師事するようにシカゴで親交を結び、パリ行きの推薦状まで書いてもらっている。

しかしヘミングウェイは、ほどなくしてアンダスンを公然と裏切ることになる。1926年、アンダスンの『黒い笑い』を露骨にパロディした『春の奔流』を発表し、師との関係を破壊した。これは弟子の通過儀礼というよりも、文学的方法をめぐる切実な分岐点だったと私は思う。

アンダスンの「ぎこちなさ」は、書き手の手つきとして残されていた。文章のリズムが揺れることで、登場人物の躊躇が表現されていた。ヘミングウェイはこれを徹底的に磨き上げ、有名な「氷山の理論」へと結晶させる。表面にはほとんど何も書かれていない。しかし水面下には膨大な感情と意味が沈んでいる——という方法論である。

『日はまた昇る』(1926) や『武器よさらば』(1929) でこの方法は完成形に達する。アンダスンが「言いそびれ」を描いたのに対し、ヘミングウェイは「あえて言わないこと」を技法にした。同じ場所から出発して、まったく別の文学に行き着いたのだ。

3. ウィリアム・フォークナー——南部という時間の渦

同じ時代、もう一人の巨人が南部から現れる。ウィリアム・フォークナーである。

フォークナーもまた、ヨクナパトーファ郡という架空の土地を舞台に作品群を築いた点で、アンダスン的「土地への定着」を受け継いでいる。だが、彼の方法はアンダスンともヘミングウェイともまったく異なっていた。

『響きと怒り』(1929) で実践される多重視点と意識の流れ、『アブサロム、アブサロム!』(1936) で展開される語りの幾重もの入れ子構造。フォークナーはアメリカ南部という「敗北した土地」の歴史を、直線的な時間の物語としては書けないと判断した。だから時間そのものを渦巻かせた。

ここで起きているのは、ヨーロッパ文学——ジョイス、プルースト——のモダニズム的方法を、アメリカ南部の歴史的トラウマに接続するという離れ業である。アンダスンが「言いそびれる人々」を描いたのに対し、フォークナーは「歴史そのものが言いそびれている」状態を書いた。

4. F・スコット・フィッツジェラルド——ジャズ・エイジの輝きと崩壊

同世代でもうひとり外せないのがフィッツジェラルドだ。彼は社会的成功と崩壊、富と空虚さという「アメリカン・ドリームの裏側」を書いた作家として、20世紀文学に独自の位置を占める。

『グレート・ギャツビー』(1925) はその到達点である。ロング・アイランドの豪邸で繰り広げられる狂騒、そしてその中心にいるはずなのに誰の心にも届かない男ギャツビー。フィッツジェラルドが描いたのは、アンダスン的「グロテスク」を、もっと豪奢な舞台に移し替えたヴァリエーションだったとも読める。ギャツビーもまた、ひとつの「真理」——デイジーへの愛——に取り憑かれることで歪んでしまった男だった。

5. 戦後アメリカ——多様化する声

第二次大戦を経て、アメリカ文学はさらに分岐していく。

ソール・ベローやバーナード・マラマッド、フィリップ・ロスといったユダヤ系作家たちが、移民社会としてのアメリカの内側から鋭い問いを発し始める。ベローの『ハーツォグ』(1964) は知識人の苦悩を、ロスの『さようなら、コロンバス』(1959) は同化と差異の問題を、それぞれの方法で書いた。

一方、ジャック・ケルアックやアレン・ギンズバーグらのビート・ジェネレーションは、東海岸の文学的洗練に反旗をひるがえし、放浪と即興と肉体の文学を立ち上げる。『路上』(1957) はその象徴である。

そして黒人作家たち——リチャード・ライト、ラルフ・エリスン、ジェイムズ・ボールドウィン——が、白人中心の文学的伝統に対して、自分たちの声で書き始める。エリスンの『見えない人間』(1952) は、文学的実験性と政治的鋭利さを兼ね備えた戦後アメリカ文学の金字塔のひとつだ。

6. レイモンド・カーヴァー——アンダスンの正統な後継者

戦後アメリカ文学を語るとき、私が個人的にもっとも強く「アンダスンの嫡子」を感じるのはレイモンド・カーヴァーだ。

カーヴァーが描いたのは、太平洋岸北西部やカリフォルニアの労働者階級の人々——アル中の夫、別居中の妻、失職した男、何かを失いつつある中年——の、何ということもないある瞬間である。物語は劇的に解決しない。登場人物は何かを言いかけて、言葉に詰まる。読者には何かが起きたことだけが残る。

『大聖堂』(1983) 所収の「ささやかだけれど、役にたつこと」や「大聖堂」を読むとき、私たちはほぼ間違いなくアンダスンの遠い親戚を見ている。グロテスクたちは、20世紀末のアメリカにもまだ生きていた。

カーヴァーの「ミニマリズム」と呼ばれる方法は、ヘミングウェイの「氷山」を経由しつつ、アンダスンの「ぎこちなさ」へと回帰した文体だった、と私は考えている。

7. ポストモダンの分岐——ピンチョン、デリーロ、ロス

カーヴァー的なミニマリズムと並走する形で、まったく逆方向の文学も発達した。トマス・ピンチョン、ドン・デリーロ、後期フィリップ・ロスといった作家たちは、アメリカ社会の巨大な複雑さ——陰謀、メディア、テクノロジー、歴史の暴力——を、過剰なまでに饒舌な散文で書こうとした。

ピンチョンの『重力の虹』(1973) は第二次大戦末期のV2ロケットをめぐる迷宮的長編であり、デリーロの『アンダーワールド』(1997) は冷戦期アメリカを核とゴミから読み解く大叙事詩である。

興味深いのは、これらの作家もまた、別の意味で「言いきれなさ」を扱っていることだ。アンダスンの登場人物が個人の内面を言葉にできなかったとすれば、ピンチョンやデリーロは、現代社会の総体を言葉で捕まえることの不可能性を、過剰な言葉で示そうとした。寡黙と饒舌は、同じコインの裏表だ。

8. 現代——コーマック・マッカーシー、トニ・モリスン、そしてその先へ

20世紀末から21世紀にかけてのアメリカ文学を、私はコーマック・マッカーシーとトニ・モリスンの二人で象徴させたい。

マッカーシーの『ブラッド・メリディアン』(1985) や『ノー・カントリー・フォー・オールド・メン』(2005, 旧邦題『血と暴力の国』) は、フォークナー的な南部の暴力性をさらに突き詰め、神話的・聖書的な厳しさを獲得した。彼の文章には句読点が少なく、会話に引用符すらない。これもまた、アンダスン以来の「ぎこちなさ」の系譜のひとつの極北かもしれない。

トニ・モリスンの『ビラヴド』(1987) は、奴隷制の記憶を文学にする試みである。フォークナーが南部白人の歴史的トラウマを書いたとすれば、モリスンは南部黒人の、もっと深く、もっと言葉にしがたいトラウマを書いた。ここでも「言いそびれ」のモチーフは生きている。語られえないものを、いかに小説の形にするか——それは20世紀アメリカ文学が一貫して問い続けてきた主題だった。

おわりに——「言いそびれ」の文学として

こうして見てくると、20世紀アメリカ文学には一本の太い糸が通っているように思える。それは「言葉にしきれないもの」を、いかに小説の形にするか、という問いだ。

アンダスンの「グロテスク」たちは、自分のなかの真理を言葉にできなかった。ヘミングウェイは、言葉にしないことを技法にした。フォークナーは、歴史そのものが沈黙していることを書いた。カーヴァーは、現代の労働者の沈黙を継承した。ピンチョンとデリーロは、社会の複雑さを言いきれないことを過剰に書いた。モリスンは、奴隷制という巨大な沈黙に文学の形を与えようとした。

それぞれ方法はまったく違う。けれども、もしアンダスンが1919年にあの不格好な小さな町を描かなかったら、これらすべての文学はいまとは違う姿になっていただろう。少なくとも私は、そう信じている。

『ワインズバーグ、オハイオ』をまだ読んでいない方には、ぜひ手に取ってほしい。20世紀アメリカ文学の100年が、あの薄い本のなかから始まったのだ、という感覚を、きっと共有してもらえるはずだ。

タイトルとURLをコピーしました