穂村弘から始まった現代短歌──「ほむほむ」と、その後に続く歌人たち

文学

「子供よりシンジケートをつくろうよ『壁に向かって手をあげなさい』」

この一首から、日本の短歌は変わってしまった、と言って言い過ぎではないと思う。

1990年に刊行された穂村弘の第一歌集『シンジケート』は、それまで「結社」と「文語」を軸に守られてきた短歌の世界に、ポップで、口語で、どこか少女漫画的な世界観を持ち込んだ。三十一音は、もう「老人の趣味」ではなくなった。

そして2020年代の現在、短歌はかつてないほど若い読者を獲得している。書店の棚には歌集のフェアが組まれ、TwitterやInstagramでは無数の短歌が日々生まれている。

このムーブメントの「源流」を辿っていくと、ほぼ確実に一人の歌人にぶつかる。穂村弘──通称「ほむほむ」である。

この記事では、まず穂村弘という歌人の輪郭を確認し、そのあとに「穂村弘以後」の現代短歌を切り拓いた歌人たちを順に紹介していきたい。短歌を読んでみたいけれど何から手をつけていいかわからない、という人のための、ひとつの入り口の地図として書いている。


穂村弘──「短歌に何が起こったのか」を象徴する歌人

穂村弘は1962年、北海道札幌生まれ。上智大学文学部英文学科卒。1990年に第一歌集『シンジケート』でデビューした。1980年代後半、加藤治郎、荻原裕幸らとともに「ニューウェーブ短歌」と呼ばれるムーブメントの中心人物となり、口語と外来語を駆使した、それまでの短歌にはなかった都市的でポップな歌風で、現代短歌の風景を一変させた。

代表的な歌を挙げる。

 体温計くわえて窓に額つけ「ゆひら」とおまえ言いてしずもる

 サバンナの象のうんこよ聞いてくれだるい だるいせつないせつない

 終バスにふたりは眠る紫の〈降りますランプ〉に取り囲まれて

ここにあるのは、古典的な「歌枕」や「四季の情緒」ではなく、徹底的に同時代の、口語の、私的な感覚である。にもかかわらず、不思議と短歌特有の韻律と、どこかから飛んできた言葉のような「異物感」がある。

穂村の業績で大きいのは、歌人としての作歌活動だけではない。エッセイ、評論、絵本翻訳、そして雑誌『ダ・ヴィンチ』の長期連載「短歌ください」での選者業を通じて、短歌の門戸を一般読者へと開き続けたことだ。後述する木下龍也や岡野大嗣は、まさにこの「短歌ください」を経由して歌人になった世代である。穂村は、短歌に「市場」を作り直した人物でもある。

入門としてはまず『ラインマーカーズ』を勧めたい。『シンジケート』『ドライ ドライ アイス』『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』からの自選にプラスして書き下ろしが収録された、まさに穂村弘のベスト盤である。文庫版も出ているので、まず一冊、ということならこれが間違いない。

もうひとつ。穂村弘の歌集として外せないのは、若山牧水賞を受賞した『水中翼船炎上中』である。震災を経た時代の中で、子ども時代の記憶と現在の世界が並列に立ち上がる、不思議に深い手触りを持った歌集だ。


木下龍也──「あなたのため」に短歌を書く歌人

穂村弘以後の歌人を語る上で、最初に名前を出すべきは木下龍也だろう。

1988年山口県生まれ。コピーライター志望だった木下は、穂村弘の歌集を読んだことをきっかけに2011年から作歌を始め、『ダ・ヴィンチ』の「短歌ください」で穂村に発掘される形でデビューした。2013年、第一歌集『つむじ風、ここにあります』を書肆侃侃房から刊行。

 夕暮れのゼブラゾーンをビートルズみたいに歩くたったひとりで

 ハンカチを落としましたよああこれは僕が鬼だということですか

 カードキー忘れて水を買いに出て僕は世界に閉じ込められる

穂村弘譲りの口語の感覚と、それでいて穂村よりも明らかに「ストーリー性」や「日常のひっかかり」に重心を置いた歌風が特徴である。ふと立ち止まる日常の場面で、世界がほんの少し裂けて、そこから別の意味が垣間見える──そういう瞬間を捉える名手だと思う。

そして木下を一気にスターダムに押し上げたのが、依頼者から「お題」を受けてその人のためだけに一首を作るプロジェクト『あなたのための短歌集』である。

 ふりむけば君しかいない夜のバスだから私はここで降りるね

 いつからか頭のなかで飼っている悩みがついにお手を覚えた

「短歌は読者一人ひとりの個人的な手紙になりうる」──そういう確信を、ここまで具体的に証明してみせた仕事はそうそうない。MBS『情熱大陸』にも出演し、現代短歌のもっとも広く認知された顔の一人となった。


岡野大嗣──日常の「音」を拾い続ける歌人

木下龍也と並んで「穂村弘以後」の中心人物に挙げられるのが岡野大嗣である。

1980年大阪生まれ。木下の作品に出会ったことをきっかけに作歌を始めたという、ある意味で「穂村→木下→岡野」という系譜を体現する存在でもある。2014年に第一歌集『サイレンと犀』を書肆侃侃房から刊行。

 もういやだ死にたい そしてほとぼりが冷めたあたりで生き返りたい

 ともだちはみんな雑巾ぼくだけが父の肌着で窓を拭いてる

 そうだとは知らずに乗った地下鉄が外へ出てゆく瞬間がすき

岡野の歌に通底するのは、「些細な日常の音や光」への異常なまでの感度である。タイトルの『サイレンと犀』が「silent sigh(静かなため息)」と重ねられていることに象徴されるように、岡野は世界の小さな揺らぎを、誰よりも丁寧に拾い上げる。

第二歌集『たやすみなさい』、第三歌集『音楽』と進むにつれて、岡野の世界は柔らかさを増していく。日常を切り取りながら、それが同時に「祈り」のような重みを持ち始める──そんな歌集だ。


笹井宏之──26歳で逝った、彗星のような歌人

穂村弘以後の若い歌人を語るとき、避けて通れないのが笹井宏之である。1982年佐賀県生まれ。15歳から身体表現性障害という難病で寝たきりとなり、2009年、26歳の若さでインフルエンザによる心臓麻痺で世を去った。

 えーえんとくちからえーえんとくちからえんえんとくちからえーえんとくちから

 風という名前をつけてあげました それから彼を見ないのですが

 ひだまりにあなたをおいてぶらんこの鎖をひとつ残らずとばす

ひらがなを多用し、音と意味の境界線が溶けてゆくような独特の歌風。短歌のもつ「呪文性」や「祈り」の側面を、笹井ほど純粋に体現した歌人を私は他に知らない。

岡井隆をはじめとする歌壇の重鎮からも極めて高い評価を受け、その死は短歌界に大きな衝撃をもたらした。2019年には没後10年を期して「笹井宏之賞」が創設されている。

入門には書肆侃侃房から刊行されている第一歌集『ひとさらい』を。

文庫で読みたい人にはちくま文庫の作品集『えーえんとくちから』もある。NHK『あさイチ』で川上未映子が紹介したことでも話題になった一冊で、現在もロングセラーである。


永井祐──「口語短歌の金字塔」と呼ばれる歌人

少しタイプの異なる歌人として永井祐を挙げておきたい。1981年東京都生まれ。2012年に第一歌集『日本の中でたのしく暮らす』を刊行(後に短歌研究社から再刊)。木下龍也や岡野大嗣の登場以前、ゼロ年代の口語短歌を地下水脈のように支え続けてきた歌人である。

 水を止め忘れて出かけることを夢のなかでも夢でも夢でもしてる

 日本のセンターを思い切り抜けるブルートレインの先頭車両

「現在の口語短歌はすべて永井祐から始まっている」とすら言われる、影響力の大きい一冊。穂村弘的なポップさやキャッチーさはやや控えめで、淡々とした口調のなかにふと「世界の遠さ」が現れるような独特の歌風だ。木下や岡野を読んで現代短歌に興味を持ったなら、その「源流のひとつ」として遡るのに最適である。


初谷むい──「特別な一瞬」を刻む北海道の歌人

1996年生まれの初谷むいは、より若い世代の代表格と言っていい。北海道大学短歌会出身。2018年、書肆侃侃房「新鋭短歌シリーズ」から第一歌集『花は泡、そこにいたって会いたいよ』を刊行し、発売後2週間で重版という快挙を達成した。

 イルカがとぶイルカがおちる何も言ってないのにきみが「ん?」と振り向く

 どこででも生きてはゆける地域のゴミ袋を買えば愛してるスペシャル

 エスカレーター、えすかと略しどこまでも えすか、あなたの夜を思うよ

タイトルそのものがすでに一首として成立しているかのような、初谷の歌の特徴は「不思議さと親しさの同居」である。日常のひとコマがふっとSF的な広がりを見せたかと思うと、すぐ目の前のラブソングに戻ってくる。穂村弘の少女漫画的世界観を、また別の角度から更新した歌人と言えるだろう。


伊藤紺──「私たち」のリアリティを掬う歌人

そしてここ数年、もっとも広い層に届いている歌人として伊藤紺の名前を挙げないわけにはいかない。1993年東京生まれ。2019年に第一歌集『肌に流れる透明な気持ち』を私家版で刊行(300部)。話題が口コミで広がり、2022年に短歌研究社から第二歌集『満ちる腕』と同時に新装版が刊行された。

 ひさしぶりに会うたびきみは生きていて新鮮さに泣きそうになる

 楽しいだけとかってたぶんもうなくて楽しいたびにすこしせつない

 フラれた日よくわからなくて無印で箱とか買って帰って泣いた

伊藤紺の歌は、現代の20代後半〜30代の女性の感覚を、極めて自然な口語のリズムで掬い取る。Instagramや雑誌、ファッション、コスメといった文脈とも自然に接続し、いま「短歌は私たちの言葉でもある」ということを最も鮮やかに示している歌人と言えるかもしれない。

2023年末に刊行された第三歌集『気がする朝』も合わせて読んでほしい。


岡本真帆──「ずぼら」と「丁寧さ」のあいだで

最後に岡本真帆を。1989年高知県生まれ、四万十川のほとりで育つ。2022年に第一歌集『水上バス浅草行き』をナナロク社から刊行、累計2万部を超えるベストセラーとなった。

 ほんとうにあたしでいいの?ずぼらだし、傘もこんなにたくさんあるし

 平日の明るいうちからビール飲む ごらんよビールこれが夏だよ

 3、2、1ぱちんで全部忘れるよって今のは説明だから泣くなよ

Twitterから人気に火がついた、まさに現代的な経路で広がった歌人である。穂村弘から木下龍也へ、そして岡本真帆へ、と引き継がれているのは「日常のなかの愛おしさ」を発見する手つきだ。岡本の歌は誰かを傷つけず、しかし決して薄味ではない。日常を「ちゃんと味わうこと」の力強さを思い出させてくれる。


「穂村以後」の地図を、自分で歩く

ここまで、穂村弘とそれに続く歌人を駆け足で紹介してきた。整理するとこんな見取り図になる。

  • 源流:穂村弘(『シンジケート』『ラインマーカーズ』)
  • 直系:木下龍也、岡野大嗣(穂村の「短歌ください」経由でデビュー)
  • 並走者:永井祐(口語短歌のもう一つの源流)
  • 彗星:笹井宏之(夭折の天才)
  • 拡張する世代:初谷むい、伊藤紺、岡本真帆(SNS以後の短歌)

もちろん、現代短歌の地図はこれよりずっと広い。瀬戸夏子、上坂あゆ美、青松輝、雪舟えま──ここに書き切れなかった重要な歌人は山ほどいる。それでも、まず穂村弘から始めて、上に挙げた歌人たちのうち気になるものを順番に読んでいけば、現代短歌の地形のかなりの部分が見えてくるはずだ。

短歌は不思議なジャンルで、一首を読み終えるのに10秒もかからない。けれど、その10秒の余韻のなかに、ときに小説一冊分の世界がひっそりと畳まれていることがある。

通勤電車の中で、寝る前のベッドのなかで、一日一首ずつでもいい。穂村弘以後の短歌の世界に、足を踏み入れてみてほしい。

きっと、世界の見え方が少しだけ変わる。

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