海外の小説を読み終えて、「この文章、好きだったな」と感じたことはありませんか。
物語の続きが気になるというより、もう少しこの本の言葉に触れていたい。会話の調子や、風景の描き方、ふと笑ってしまう一文が記憶に残っている。
そんなとき、本の表紙や扉にある翻訳者の名前を見てみましょう。
同じ作家の別の作品を探すほかに、同じ翻訳者が訳した本を探す道もあります。その名前をたどると、これまで知らなかった作家や、書店の棚で通り過ぎていた作品に出会えるかもしれません。
今回は、翻訳者を手がかりに海外文学を選ぶ方法と、その楽しみを読書記録に残すコツを紹介します。
「誰が書いたか」に「誰が訳したか」を加えてみる
本を選ぶとき、まず目に入るのはタイトルと作家の名前です。好きな作家がいれば、その人の本を続けて読むのは自然なことです。
翻訳者の名前にも、同じように目を向けてみましょう。
翻訳された小説で私たちが読む文章には、原作者の表現と、それを日本語へ移す翻訳者の仕事が重なっています。言葉の選び方、会話の口調、文のリズムなどは、読み心地に関わる要素です。
ただし、「この文章が好きだった」という感覚を、すべて翻訳者の特徴に結びつける必要はありません。作品の文体や構成は原作者によるものですし、同じ翻訳者でも、作家や作品によって文章の印象は変わります。
まずは、気に入った一冊に関わった人として、名前を覚えておく。そのくらいの気軽さで十分です。
好きだった一冊から、別の作家へ進む
翻訳者から本を探す方法は、難しくありません。
- 好きだった海外文学を一冊選ぶ
- 手元の本で翻訳者の名前を確認する
- 出版社の紹介ページや書店の検索で、その人の訳書を調べる
- あらすじや試し読みを見て、気になる一冊を選ぶ
検索するときは、「翻訳者の名前+訳書」や「翻訳者の名前+短篇集」などの言葉を使うと、候補を探しやすくなります。著書や編著も検索結果に含まれるので、その本でどの役割を担当しているかも確認しましょう。
訳書がたくさん見つかっても、全部読む必要はありません。最初は三冊ほど候補を残し、その日の気分に合うものを選んでみてください。
この探し方の面白さは、作家の名前だけを追っていたときには見つからなかった本へ進めることです。長篇から短篇へ、現実的な物語から幻想的な物語へ。気に入った一冊を出発点に、読書の幅が少しずつ広がります。
三人の翻訳者から、読書を広げる例
具体的に、どのような本のつながりがあるのでしょうか。ここでは柴田元幸、岸本佐知子、西崎憲の訳書を例に紹介します。
挙げる作品は、それぞれに異なる個性を持っています。同じ翻訳者を通じて、その違いも楽しんでみましょう。
柴田元幸――オースターからミルハウザーへ
柴田元幸の訳書には、ポール・オースターの『ブルックリン・フォリーズ』や、スティーヴン・ミルハウザーの『ナイフ投げ師』があります。
『ブルックリン・フォリーズ』は、ブルックリンに移り住んだ男が、甥との再会をきっかけに思いがけない出来事へ巻き込まれていく長篇です。人々の出会いや、人生の寄り道に関心があるときの候補になります。
一方、『ナイフ投げ師』は、ナイフ投げ師の興行、自動人形、空飛ぶ絨毯などを題材にした十二篇を収める短篇集です。幻想的なものや、見慣れた世界の向こう側をのぞくような物語が気になるなら、こちらを手に取ってみるのもよさそうです。
オースターを読んで柴田元幸の名前を覚え、その訳書からミルハウザーを知る。こうした進み方なら、好きな作家を読み続けながら、新しい作家にも出会えます。
岸本佐知子――ジュライからベルリンへ
岸本佐知子の訳書からは、ミランダ・ジュライの『いちばんここに似合う人』と、ルシア・ベルリンの『掃除婦のための手引き書』を挙げてみましょう。
『いちばんここに似合う人』は、風変わりな状況や、人と人との関係を描く十六の短篇を収めた作品集です。水のない場所で水泳を教えるという設定など、あらすじを読むだけでも気になる物語が並びます。
『掃除婦のための手引き書』は、ルシア・ベルリンの短篇を集めた作品集です。仕事や家族、生活の厳しさに触れる物語へ、読書を広げる候補になります。
ジュライの奇妙な設定に惹かれた人が、ベルリンの生活に根ざした小説へ進む。逆に、ベルリンからジュライを知ることもあるでしょう。「同じ翻訳者の本」というつながりが、異なる作品を読んでみるきっかけになります。
西崎憲――コッパードからウルフへ
西崎憲の訳書には、A・E・コッパードの『郵便局と蛇』があります。また、ヴァージニア・ウルフの『青と緑 ヴァージニア・ウルフ短篇集』では、編訳を担当しています。
『郵便局と蛇』は、日常のすぐそばにある奇妙さや、神秘に触れる短篇集です。幻想的な小説が好きで、まだコッパードを読んだことがない人には、気になる一冊になるかもしれません。
『青と緑 ヴァージニア・ウルフ短篇集』には、色彩を扱う表題作や、庭を行き交う人々を描く「キュー植物園」などが収められています。ウルフの長篇を読む前に、短い作品から触れてみるという選び方もできます。
このように訳書をたどっていくと、現代の作品に加えて、以前に書かれた小説とも出会えます。古い本でも、初めて読む人にとっては新しい読書です。
訳者あとがきも、次の本への入り口になる
読み終えたら、訳者あとがきや解説にも目を通してみましょう。
作家のほかの作品、その作品が書かれた背景、関連する作家などに触れていることがあります。本文だけではわからなかったつながりが見え、次に読みたい本が見つかるかもしれません。
とくに気になるのは、名前を聞いたことのない作家が紹介されているときです。すぐに詳しく調べなくても、名前と「どの本で知ったか」を残しておけば、あとで探す手がかりになります。
翻訳者が編んだアンソロジーも、候補のひとつです。複数の作家の短篇が入っている本なら、一冊のなかでいくつもの文章に触れられます。気に入った作品があれば、その作家の本へ進んでみましょう。
同じ作品を、別の翻訳で読む楽しさ
好きな作品に複数の日本語訳があるなら、別の翻訳を読んでみるのも面白い方法です。
最初から一冊を読み直す必要はありません。書店の試し読みや図書館で、冒頭の数ページを比べるだけでも、印象の違いに気づくことがあります。
- 登場人物の口調は、どのように感じられるか
- 一文の長さや句読点によって、読む速さは変わるか
- 同じ場面から、どのような空気が伝わってくるか
- 自分は、どちらの文章を続けて読みたいと感じるか
原文との比較をせずに、翻訳の正確さを判定するのは難しいものです。それでも、読者として「この言葉遣いが好き」「こちらの会話がしっくりくる」と感じることはできます。
昔読んだ本を別の訳で開くと、覚えていた場面の印象が変わるかもしれません。読む時期による自分の変化も含めて、一度読んだ作品ともう一度向き合う楽しみがあります。
読書記録には、翻訳者と読んだ版も残す
翻訳者から本を探す習慣ができたら、読書記録にもその名前を加えてみましょう。
タイトルと作家の名前に加え、翻訳者、出版社、文庫や単行本のシリーズ名などを残しておくと、あとで自分が読んだ本を確かめやすくなります。複数の訳がある作品では、どの版を読んだかが大切な手がかりです。
感想は短くても構いません。たとえば、次のような記録です。
『ナイフ投げ師』/スティーヴン・ミルハウザー/柴田元幸訳/東京創元社・創元文芸文庫。次は柴田元幸が訳した別の作家も探してみたい。
「会話を読むのが楽しかった」「風景の描写をゆっくり読み返したい」など、文章について感じたことを一言添えておくのもおすすめです。あとで記録を見返したとき、点数や読了日だけでは思い出せない読み心地が戻ってきます。
ブクマでは、本を本棚に登録し、感想やメモを残せます。自由にブックリストを作れるので、「岸本佐知子の訳書」「翻訳者から見つけた本」など、自分が見返しやすい名前でまとめるのもよいでしょう。
まだ読んでいない候補には、「好きだった本と同じ翻訳者」「訳者あとがきで知った作家」といったメモを添えておくと、なぜ気になったのかを思い出せます。
本の探し方をもっと広げたい方は、「自分に合う本の見つけ方|好きな本の共通点から『次に読む一冊』を探す方法」も参考にしてみてください。
次に読む一冊は、表紙にある小さな名前から
最近読んで好きだった海外文学があれば、もう一度、表紙や扉を開いてみてください。
そこにある翻訳者の名前を調べると、知らなかった作家や、思いがけない題材の本が見つかるかもしれません。あらすじを読み、冒頭に触れて、気になった一冊を読書の候補に加えてみましょう。
その一冊を読み終えたら、また別の名前が気になることもあるはずです。読書記録に小さな手がかりを残しながら、自分の本棚を少しずつ広げていきませんか。

