砂漠と密林と亡霊たち——ラテンアメリカ文学を読もう

文学

『百年の孤独』が新潮文庫に入ったのは2024年6月のこと。それまで「文庫化したら世界が滅びる」と冗談半分に言われていた本がついに手のひらサイズになり、書店の平積みで売り切れが続出した。あの夏に初めてラテンアメリカ文学が気になった、という人も多いはずだ。

でも、いざ読もうとすると困る。ボルヘス、ガルシア=マルケス、リョサ、コルタサル——名前は知っている。けれどどこから読めばいいのか分からない。『百年の孤独』を買ってはみたものの、同じ名前の登場人物だらけで挫折した。そんな声もよく聞く。

この記事では、ラテンアメリカ文学に初めて触れる人のために、入りやすい一冊から、腰を据えて読みたい長篇、そして2010年代以降に注目されている現代作家まで、17作ほどを紹介する。読む順番に決まりはない。気になったものから手に取ってほしい。

  1. ブームを作った巨匠たち
    1. ガブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』(鼓直訳・新潮文庫)
    2. ガブリエル・ガルシア=マルケス『予告された殺人の記録』(野谷文昭訳・新潮文庫)
    3. ガブリエル・ガルシア=マルケス『エレンディラ』(鼓直・木村榮一訳・ちくま文庫)
    4. ホルヘ・ルイス・ボルヘス『伝奇集』(鼓直訳・岩波文庫)
    5. フアン・ルルフォ『ペドロ・パラモ』(杉山晃・増田義郎訳・岩波文庫)
    6. マリオ・バルガス=リョサ『緑の家』(木村榮一訳・岩波文庫)
    7. フリオ・コルタサル『悪魔の涎・追い求める男 他八篇』(木村榮一訳・岩波文庫)
    8. カルロス・フエンテス『アウラ・純な魂』(木村榮一訳・岩波文庫)
    9. マヌエル・プイグ『蜘蛛女のキス』(野谷文昭訳・集英社文庫)
    10. ホセ・ドノソ『夜のみだらな鳥』(鼓直訳・水声社)
    11. アレホ・カルペンティエル『失われた足跡』(牛島信明訳・岩波文庫)
    12. イサベル・アジェンデ『精霊たちの家』(木村榮一訳・河出文庫)
  2. 21世紀の新しい世代
    1. ロベルト・ボラーニョ『野生の探偵たち』(柳原孝敦・松本健二訳・白水社)
    2. マリアーナ・エンリケス『わたしたちが火の中で失くしたもの』(安藤哲行訳・河出書房新社)
    3. サマンタ・シュウェブリン『口のなかの小鳥たち』(松本健二訳・東宣出版)
    4. クラリッセ・リスペクトル『星の時』(福嶋伸洋訳・河出書房新社)
    5. 野谷文昭編訳『20世紀ラテンアメリカ短篇選』(岩波文庫)
  3. どこから読み始めるか

ブームを作った巨匠たち

ラテンアメリカ文学が世界的に読まれるようになったのは、1960年代の「ブーム」と呼ばれる現象がきっかけだった。ガルシア=マルケス、バルガス=リョサ、コルタサル、フエンテス——同世代の作家たちが次々に傑作長篇を発表し、ヨーロッパや北米の読者を驚かせた。彼らの先行世代であるボルヘスやルルフォの仕事も、ブームのなかで世界中に広まっていった。まずはこの中心地から。

ガブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』(鼓直訳・新潮文庫)

蜃気楼の村マコンドを舞台に、ブエンディア一族の百年を描いた20世紀文学の金字塔。世界で5000万部以上売れ、46言語に翻訳された。同じ名前の登場人物が世代を超えて現れるので、家系図を片手に読むと迷子にならない。1日10ページずつでもいい。文章のリズムに身を任せれば、最初の一行から最後の一行まで連れていってくれる。

ガブリエル・ガルシア=マルケス『予告された殺人の記録』(野谷文昭訳・新潮文庫)

『百年の孤独』に挫折した人にも、これから読み始める人にも、まず手に取ってほしい一冊。150ページほどの中篇で、村中の人間が予告を知っていたのになぜ若者は殺されねばならなかったのか、を27年後に語り直す構成になっている。著者自身が「最高作」と呼んだ完成度の高さで、最後まで一気に読める。

ガブリエル・ガルシア=マルケス『エレンディラ』(鼓直・木村榮一訳・ちくま文庫)

『百年の孤独』と『族長の秋』のあいだに書かれた短篇集。「大人のための残酷な童話」と呼ばれる7篇で、翼のある年老いた男、死者の世界が見える海、祖母に売春を強いられる少女エレンディラなど、マルケスらしい奇想とコロンビアの民話の匂いがぎゅっと詰まっている。短いので、まずここから魔術的リアリズムに触れるのもいい。

ホルヘ・ルイス・ボルヘス『伝奇集』(鼓直訳・岩波文庫)

アルゼンチンの偉大な短篇作家ボルヘスの代表作。「バベルの図書館」「円環の廃墟」「八岐の園」など、神話・哲学・偽史をめぐる17の短篇が並ぶ。一作10ページほどなのに、読み終えると宇宙ひとつぶんの迷宮を歩いたような気持ちになる。気軽に開いて1篇だけ読み、そのまま考え事に沈み込む、という付き合い方ができる本。

フアン・ルルフォ『ペドロ・パラモ』(杉山晃・増田義郎訳・岩波文庫)

メキシコの作家ルルフォが生涯に発表した小説はわずか2冊。そのうちの一作。父親ペドロ・パラモを探して「おれ」がコマラの村に辿りつくが、そこは死者ばかりが住む町だった——という話を、70の断片に分けて時間順をばらばらにして語る。1955年発表、220ページほど。ガルシア=マルケスが「これがなければ『百年の孤独』は書けなかった」と公言したラテンアメリカ文学ブームの先駆け。短いが密度が高く、読み終えるとすぐもう一度読み返したくなる。

マリオ・バルガス=リョサ『緑の家』(木村榮一訳・岩波文庫)

ペルー出身、2010年ノーベル文学賞のリョサが20代で書き上げた大作。砂漠の町ピウラの娼館「緑の家」、アマゾン奥地の修道院、インディオの集落、そして日本人フシーアの島——5つの物語が時系列を無視して同時進行する。冒頭は何が起きているのかわからず戸惑うが、慣れてくると映画のモンタージュのような展開に引き込まれる。文庫上下巻で読み応えは十分。

フリオ・コルタサル『悪魔の涎・追い求める男 他八篇』(木村榮一訳・岩波文庫)

アルゼンチンのコルタサルは、長篇『石蹴り遊び』が代表作だが入手が難しいので、まずはこの短篇集から。表題作「悪魔の涎」は公園で何気なく撮った一枚の写真が現実をひっくり返していく話、「追い求める男」は薬物とジャズに溺れるサックス奏者の物語。「南部高速道路」「夜、あおむけにされて」など、メビウスの輪のように表と裏が裏返る感覚を味わえる10篇。

カルロス・フエンテス『アウラ・純な魂』(木村榮一訳・岩波文庫)

メキシコのフエンテスの短篇集。表題作「アウラ」は、新聞広告につられて老婦人の屋敷を訪ねた青年が永遠を生きる女のなかに迷い込む幽冥界の話で、フエンテスはパリで溝口健二の『雨月物語』を観てこれを書いたという。「チャック・モール」ではマヤ文明の雨神が現代メキシコに現れる。土着の神話とヨーロッパの教養が衝突するフエンテスらしい世界に、150ページちょっとで触れられる。

マヌエル・プイグ『蜘蛛女のキス』(野谷文昭訳・集英社文庫)

アルゼンチンの軍政下、ブエノスアイレスの監房で同室になった同性愛者モリーナと革命家バレンティン。退屈な時間をしのぐためにモリーナが古い映画のストーリーを語り聞かせるうち、二人のあいだに不思議な関係が生まれていく——という長篇。地の文がほとんどなく、ほぼ全篇が対話と独白で構成されている。映画化、ミュージカル化もされた20世紀ラテンアメリカ文学の名作。

ホセ・ドノソ『夜のみだらな鳥』(鼓直訳・水声社)

チリのドノソが書いた、ラテンアメリカ文学のなかでもひときわ異様な小説。修道院に閉じ込められた語り手ムディートが、過去と現在、自分と他人、現実と幻想を混濁させながら独白を続ける。畸形だけが集められた屋敷、口や鼻を縫い閉じられた「インブンチェ」など、悪夢のようなイメージが繰り返し変奏される。560ページの分量と難解さに覚悟は要るが、これを読まずにラテンアメリカ文学を語るのは惜しい一冊。

アレホ・カルペンティエル『失われた足跡』(牛島信明訳・岩波文庫)

キューバの作家カルペンティエル。ニューヨークで虚しい日々を送る音楽家が、恩師に頼まれてインディオの幻の原始楽器を探しにオリノコ川上流へ旅立つ。舟で大河を遡るほどに時間も遡り、20世紀の都市から中世風の町、さらに旧石器時代の集落へと景色が変わっていく。「魔術的リアリズム」という言葉そのものを生み出した作家による1953年の代表作。

イサベル・アジェンデ『精霊たちの家』(木村榮一訳・河出文庫)

チリ出身、世界で7700万部以上売れているアジェンデのデビュー作。予知能力を持つクラーラを中心に、デル・バージェ家三代の女性たちの物語が約50年にわたって語られる。最後には1973年のチリ・クーデターに辿りつく。『百年の孤独』の女性版とも呼ばれ、ストーリーテラーとしての腕がとにかく抜群。物語に身を任せる快楽を久しぶりに思い出させてくれる本だ。

21世紀の新しい世代

ブーム世代の作家たちは多くが亡くなったが、ラテンアメリカ文学の流れは絶えていない。2000年代以降、新しい世代の作家たちが世界の文学シーンで存在感を増している。とくに女性作家の活躍が目覚ましく、ホラーやフェミニズムと結びついた「スパニッシュ・ホラー文芸」と呼ばれるジャンルが注目を集めている。

ロベルト・ボラーニョ『野生の探偵たち』(柳原孝敦・松本健二訳・白水社)

ブームとポスト・ブームのあいだをつなぐ、チリ出身の異才。50歳で早逝したが、2003年の死後にむしろ評価が世界的に高まった。前衛詩グループを率いる二人の若い詩人が、1920年代の謎の女流詩人を探してメキシコ北部の砂漠へ向かい、そのまま世界中を20年間放浪する。第1部・第3部は少年の日記、第2部は二人を知る人々への大量のインタビューで構成された半自伝的傑作。エラルデ賞・ロムロ・ガジェゴス賞受賞。

マリアーナ・エンリケス『わたしたちが火の中で失くしたもの』(安藤哲行訳・河出書房新社)

アルゼンチンの「ホラー・プリンセス」。汚い子供、幽霊屋敷、鎖につながれた子供、自ら身を焼く「燃える女たち」の反乱——12篇の短篇はどれも、現実社会の歪みがそのままホラーになって立ち上がる。ボルヘスやコルタサル以来のアルゼンチン幻想文学の系譜を受けつぎつつ、フェミニズムとアルゼンチン現代史を織り込んだ作風で世界20か国以上で翻訳されている。

サマンタ・シュウェブリン『口のなかの小鳥たち』(松本健二訳・東宣出版)

同じくアルゼンチンの新世代を代表する一人。表題作は、几帳面な父親のもとに突然やってきた娘サラが生きた小鳥を食べるようになる、という15ページほどの短篇。日常の風景にひびが入り、何でもないことのようにグロテスクなものが現れる——その感触はボルヘス、ビオイ=カサーレス、コルタサルらの「ラプラタ幻想」の正統な後継者と呼ばれている。短篇15篇、240ページ。

クラリッセ・リスペクトル『星の時』(福嶋伸洋訳・河出書房新社)

ブラジル文学からも一冊。「ブラジルのヴァージニア・ウルフ」と呼ばれるリスペクトルの絶筆で、1977年の作品。北東部の僻地からリオに出てきたタイピストのマカベーアの貧しい生活を、退屈な男性作家が三層構造で語っていく。190ページほどの短い小説だが、日本翻訳大賞を受賞した福嶋伸洋訳の日本語が美しく、何度も読み返したくなる。スペイン語圏ではない、ポルトガル語圏のラテンアメリカ文学に触れる入口としても。

野谷文昭編訳『20世紀ラテンアメリカ短篇選』(岩波文庫)

最後に、いきなり一人の作家を読むのに抵抗があるという人へ。ラテンアメリカ文学翻訳の第一人者・野谷文昭による16篇のアンソロジー。パス、フエンテス、アジェンデ、アストゥリアス、リョサ、ガルシア=マルケス、アレナス、ビオイ=カサーレスなど、ブーム世代からポスト・ブームまでが一冊に揃っている。気に入った作家が見つかったら、その人の本へ進めばいい。

どこから読み始めるか

迷ったら、次の3つの入口から選んでみてほしい。

短くて完成度の高い中篇から入りたい人は、『予告された殺人の記録』『ペドロ・パラモ』。どちらも200ページ前後で、ラテンアメリカ文学の魅力が凝縮されている。

長篇でじっくり浸りたい人は、『百年の孤独』『精霊たちの家』。家族三代の物語という共通点があり、どちらも語りの力に身を任せて読める。

現代の新しい感覚に触れたい人は、『わたしたちが火の中で失くしたもの』『口のなかの小鳥たち』。今のラテンアメリカで起きていることが、ホラーや幻想の形を借りて立ち現れる。

砂漠も密林も独裁も亡霊も、私たちの日常からは遠いはずなのに、読んでいるあいだ、なぜか自分自身のことを読んでいるような気がしてくる——それがラテンアメリカ文学の不思議な魅力だ。一冊、開いてみてほしい。

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